選者 G
赤塚センセイに「デブ」と呼ばれた今は「ほそ」
無言マンガにチャレンジ!「ダダ氏」でダダ!!!
G 「ダダ氏」って知ってる?
K ダダイズムのダダですね。ダダイズムとセンセイは相性が良さそう。
M 「新美術新聞」に連載していた作品です。えーー、1978年9月から1年間ですね。
G 美術新聞でダダ。
Z ストレートでいいですね。
G 無言劇というのか、まったくセリフなしで1話を完結していて、まずそこが素晴らしい。ミニマルでコンセプチャル。(マルセル・)デュシャンみたい。言い過ぎかな。
S 斬新なスタイル。美術新聞ということで新しいことにチャレンジしたのかな。
G よく考えられてて、読み応えあり。センセイの作品のなかには、まったくネームなしというのがいくつかあるけど、そのなかでも秀逸だと思う。
S 自分がバカなのか、あんまり意味がわからない……。
G それでいいと思う。ダダだけに。
M セリフなしのマンガでは、二人の侍が戦う「アニメまんが」(1978年「アニメージュ」)が有名ですかね。映画のコマ送りみたいな作品です。
G 映画のコマ送りのような手法は、「おそ松くん」や「レッツラゴン」でもけんかや決闘のシーンで使われてたね。センセイのなかでは戦うシーンイコールコマ送りで見せたい、という気持ちがあったのかもしれない。
K 確かに、そう言われてみればその通りかも。で、「ダダ氏」は、4回目からふつうの赤塚マンガのスタイルになっていくという。
W いやー、ほんとですね。いつものギャグマンガになっています。
G 残念。もっと無言マンガで続けてほしかった。
Y いや、これね、やってみるとわかるんだけど、セリフなしのマンガってホント難しいのよ。
Z そうなんですね。テンポが出にくいのかな。
Y それもそうだし、絵だけで全部をわからせるってどうしても説明的になっちゃうし、できることが限られちゃう。
S 説明不足だと、わからないってなるしね。
G そうするとダダ氏で無言マンガにチャレンジしたというのも、正解だったってことか。ある程度わかんなくてもOK。
K そうなりますね。
Y あと、これは当時のアメリカン・コミックの影響なんかも受けてそうな気がする。
G あ、そうですか!センセイの渡米は何年でしたか。
M 1971年です。「レッツラゴン」の連載が始まるときなので。
Y そこで雑誌「MAD」のボブ・クラークなんかのアメリカのギャグマンガ家たちと交流を持つんだよね。
S さらにそのとき、NYを拠点にしている前衛美術家の篠原有司男さんのアトリエも訪ねて交流していますね。センセイは影響を受けてからマンガにするまでいつもスピード感があるんだけど、今回はやや遅いか。
G 1970年代のNYは、かなり刺激的だったでしょうね。