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2002年 2月 2日(土)
「いたいけ」ってナニ?

 「いたいけ」っていう言葉知ってるか?辞書で引いてみると… 幼くていじらしいさま。だって。こんな言葉、フツウはあんまり耳にしないよな。ところがここ赤塚家では、この言葉がひんぱんに使われるんだ。例えばこんな風に…
 「ヤダ~また、いたいけフェロモン出してるよ~」「そんないたいけな顔してもダメなものはダメ!」「いたいけフェロモンバンバン出てるね~」…こうやって考えてみると真知子がオレに言っている…ってことはオレって真知子に「幼くていじらしいと思われてるってコトか?」よ~し!作戦成功だ。というよりも永年身についた習性か?
 …話はさかのぼること57.8年、オレの生い立ちに触れなくてはこのコト説明できない。
 1935年満州で生まれたオレ、玉のようにかわいいフジオちゃんも終戦とともにかあちゃんに連れられて日本に戻ってくることになった。まさに命からがら。(とうちゃんはシベリアに連れていかれた)そして、そこからオレことフジオ少年の自らの命を守るための涙ぐましい努力が始まったのだ。
 そのころの日本といえば、まさに戦後の混乱期、喰うや喰わずの中、満州からの引揚者への差別も厳しく身を寄せたかあちゃんの郷里も例外ではなかったんだ。10歳のオレは幼いながらも考えたね~。「どうすれば、食い物にこまらずに生きていけるんだろう」と。幸いにオレは、自分で言うのもナンだけどかなり可愛い男の子だった 。それを利用しない手はないぞ。オレはとにかくいつも愛想よくしていることにした 。そして、年上の人に可愛がられるように、気をきかせてチョコマカとよく動いたんだな。この作戦はみごと成功した。親戚のおばちゃんたちや近所の人までみんな「フ ジオ、フジオ」とオレのことを可愛がってくれたし、もちろんかあちゃんにとっても オレは特別だった。オレが一生懸命やればやるほど、いたいけフェロモンってやつが出るらしく、このことを“引揚者シンドローム”なんてオレの周りでは言われている んだ。
 …こういう風にいうと、なんだか悲しい習性みたいだけれども、今ではすっかり人格の一部になっていて、自分でも無意識にいたいけフェロモンっていうヤツを出しているらしい。どういう時にかっていうと、そりゃ、決まってるよこんな時。
 「真知子~オレ、カワイイでしょ?(ニコニコニコニコ!!)…一杯ちょ~だい 」ってな感じ。さらに最近のオレの名セリフを紹介しよう。「オレはお前のペットな の」って真知子に言ったんだけれど、こう言っておけばアイツはますますオレのことを可愛がってくれるだろうっていういたいけフェロモンの処世術、進化と訓練も必要です。
 ちなみに、このフェロモンは、男の人は比較的効きにくいみたいだけれども、一度はまった男は女の人よりもキョーレツに作用して、オレから離れられなくなるみたい。これホント。さらに、死んじゃった愛猫菊千代もしっかりとオレの血を引き継いでいたことを報告しておきます。

いたいけなフジオパート1。実は免許証の証明写真かなんかに使ったヤツです。こんな顔で「ね~。」と言うと真知子はイチコロです。

パート2は、ひざを抱えた少年。あるいは捨てられた小犬?

「ケーキはね、こうやって大きなお口を開けて食べるのっ!」…子どもみたいだって?そう思ったら、それがいたいけフェロモンにヤラレ始めている証拠。

アメリカ人諷刺漫画家のボプ・クラークも、ボクのいたいけにメロメロ。いたいけフェロモンは、性別も国境さえも越えて有効です。

最後に菊千代とオレのダブルフェロモンを喰らいたまえ!