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2001年 2月 23日(金)

 新しい単行本の企画で、ウチになつかしいメンツが顔をそろえた。どの人ひとりが欠けてもいまの「赤塚不二夫」はいなかっただろうなっていう編集者たち。
 ボクが連載を持っていた昭和30年代後半から40年代に「週刊少年サンデー」の編集部にいたデカバナの武居記者。同じくクツシタ臭いで有名な「週刊少年マガジン」の五十嵐記者。それから「週刊少年チャンピオン」の小林記者。
 もうどの人とも30年以上の付き合いになるんだけれど、会うと30代に一緒に仕事をしていた感覚に戻っちゃうから不思議だな。
 あの頃は、連載を月に9本も抱えて、目が回るくらい忙しかったんだけれども、よく働いて、よくイタズラして、よく飲んだなー。当時のフジオプロは、各出版社の編集者やウチのスタッフ、アシスタントたちでほとんど合宿生活。そう「不夜城」化していたんだ。
 忙しい中での楽しみといったらイタズラ。ホワイト(白い絵具)を牛乳瓶にいれて牛乳だといって飲ましたり、トイレの個室入っている人のドア越しに水をぶっかけたり、突然おもちゃのピストルを打ち合ったり、編集者が仮眠中にすべての時計を一時間遅らせておいたり・・・と挙げたらキリがないほど目まぐるしい毎日。おーもしろかったなー。
 今日の鼎談も昔話に花が咲いて・・・延々と夜中まで続いたのだ。