日本に帰ってきたのはいいけれど、とうちゃんもいないし、行くところもないから、かあちゃんの実家、大和郡山に「とりあえず」って感じで落ち着いたんだ。ここはね、今はそんなことないんだろうけど、当時ガラが悪くてさ、ちゃきちゃきしてんだよね。悪ガキどもと、よく畑のものを盗んだり(ゴメンナサイ)、近所のガキをいじめたり、めちゃくちゃやった。でもね、いじめっていっても、今みたいに悲惨なやつじゃない。ポカっとなぐって、その後また、一緒に遊んでいるような…。この頃に子分だったやつとか、(碓か、あだ名は「ジョンジョン」だった)そのずっと後になって、漫画のキャラクターで登場させたりもしたんだ。印象深かったんだな。
引き揚げてきたとき、ぼくは小学校6年生。もちろん家はビンボーだったし、いつもヒモジかったけど、この頃は日本全体がそうだったんだな。だからそんなに「ヒドい」って感じも無くて、まあまあ上手くやってたかな。でもね、この頃、ぼくは人に好かれるコツみたいなものを身に付けたと思っているんだ。っていうのも、いうなればおれたち家族ってのは、余計ものだろ。だって、みんな自分が喰うのに精一杯なんだから。だからさ、喰うためには人に可愛がられないとダメなんだよね。これも、生きていくため。今でもな、人に気を使っちゃうの。威張って見えても、(見えないデス・編集部注)実は、気が小さいのだ。そうシャイなのだ。だからお酒を手放せないのだ。(これは言い訳なのだ。)
そうして、しばらくすると、奇跡的にシベリアからとうちゃんが帰ってきた。だから、今度はとうちゃんの実家、新潟に行ったんだ。ここは大和郡山から比べるとのんびりしたところだったかな。そう、はっきり言うとさらに田舎だな。 |